緊 急 速 報
  大阪急時代の到来 !! 
  (地図に書かれていた大東急時代!)  


阪急と阪神は6月29日の株主総会で承認を得て、
10月1日に大手私鉄で戦後初となる阪急と阪神の経営統合が実現する。

実は終戦前後に戦時下の国策によるものではありましたが、
京王電鉄・・京浜電鉄・小田原急行電鉄・神中鉄道が全て、
東京急行電鉄に統合されて事があったのです!!
      地図上でその記載が残っていたのを発見しました!!       

1/20万地勢図・暫定版 「東京」 昭和21年修正改版 地理調査所発行


東京急行京王線→現在の京王電鉄


東急井之頭線→現在の京王電鉄井の頭線


東急横浜線→現在の東急東横線
東急横浜線と記載されているが間違いでは?!
(東急に確認しましたところずっと東横線だそうです。
やはり誤記と思われます)


東京急行小田原線→現在の小田急小田原線


東急京浜線→京浜急行


東急湘南線→京浜急行


東急厚木線→相模鉄道


大東急時代の組織表 (昭和20年6月1日現在)
〔東急50年史 東京急行発行より〕


東京急行時代の品川駅の写真
〔京浜電気鉄道沿革史・昭和24年5月30日発行〕
      今存在していれば日本一の大私鉄だった!!

昭和17年5月1日から昭和23年6月1日までの約6年間東京急行として統合されていたのでした。 その様な時代があった事を知っている人はあまり居られないのではないでしょう。

地図にその記載があった事が歴史の証人として大変貴重な資料となりますね。(この終戦前後地図も殆ど修正される事はなかったのでした。1/5万・1/2.5万地形図「東京西南部」が昭和22・23年に資料修正されているのでもしかすると記載されているかも知れませんが?手持ちの地図に無いので確認していません。)

路線総延長は約330Kmで近鉄・名鉄・東武に次いで第4位ですが現在の旅客輸送人員では年間28億人と東京メトロを抜いて断然第1位に踊り出る巨大鉄道会社となっていたのですね!(ちなみに近鉄が約6億人・東京メトロが20億人)

でもそれぞれ会社には設立事情・歴史・社内風土・地域性等が異なり、現在の様な別々の会社に戻った事が正解であったと私は思っています。個性を出し競争し切磋琢磨して行く事がより地域住民に対してより良いサービスが提供する事ができる原点であると思います。

この度阪急電鉄と阪神電鉄が統合される事が決定したそうですが、私はあまり関西の事はあまり知識がないのですが、それでも阪急と阪神では水と油的なかなり個性のはっきりした鉄道であったのではないかと思われます。

出来うれば統合後も電車の塗装も車両も現在のままであってほしいものですね。京王電鉄の本線と井の頭線で全く異なったコンセプトの車両を走らせている様にね!!(ここも前身の会社が帝都電鉄・京王電鉄と異なり、さらに軌道幅も違いますね!)

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